紹介状を渡された次の日、指定された時刻に大学病院に行きました。
そこの大学には行ったことはあったけれど、大学病院は初めて。
間に合うように早めに出ていたものの、入り口を入ったら、広いロビーに人の流れが途切れず続いていて、


「ターミナル駅みたい!すごい!」

 

と、目を白黒させながら上を見上げる私と旦那は完全におのぼりさん。(あー、わたしだけだったかも)絶対迷うと不安になったものの、すぐに案内所が見つかり、言われるままにいろいろもたされ、待合室に座りました。

ところが、指定の時刻になっても全然呼び出されません。
もうすこし?まだ時間がかかるのかな?1時間以上は待ってるよ。昼ご飯はどうしよう…と不安になってきたところでようやく呼び出されました。
今まで、予約といえば、歯医者さんぐらいしかなく、診察券を出して待っていれば、10分~15分で呼び出しがかかると思ってたから、大学病院の時間感覚にとまどいました。でも、私の次の人はもっと待っていたんでしょう。ものすごく時間かかったから。

エコー検査を受けて、それだけで癌ってわかるみたいでした。
検査が終わると若い先生から、ベテランの先生までずらり。
いろいろ聞かれて答えて…結果、


「お腹の子どもを産むか産まないか、まずはご両親の意見も聞いてきなさい」


ということに。
そう、親には話していなかったのです。
昨日の告知で周りが見えてない状態だったんでしょう。
子どもも産めるとは説明されたものの、100%普通の妊婦と同じようにはいかない。それでも産みたいと親に確認することは当たり前のことだったのに…先生の言葉ではっと目が覚めました。

結局、次の予約を入れ、それまでに産むか産まないのか話し合ってくるということで、その日の診療は終わりました。

私は実家が近かったので、その日の夕方、告知されたことを告げると、父が、


「実は、おじいちゃん、ずっと良性の腫瘍が胸に出来たと言っていたけれど、乳がんだったんだ」

 

とまさかの告白!

当時、腫瘍が悪性と知っていたのは、本人と父だけだったらしい。
祖父が70歳頃の時、たしかに手術痕を見せられたことがあったけど、乳がんだったとは!
(男性でも、男性ホルモンがなくなったら乳がんになる可能性があるとか)

父曰く、

「抗がん剤もしんどいからって一回でやめた」
「放射線治療も一回やって、しんどいから行かなくなった」

あー…わがままなじいちゃんの姿が目に浮かぶようだ。
ちなみに、祖父は92歳で大往生しました。

旦那の実家の方は、電話で。
どちらも産むことに反対はしなかったので、妊娠したまま治療することになりました。